独り暮らし中毒という病

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さっきまでジャブジャブと洗濯機の中で回っていたシャツや靴下が8月の強い日差しの中でゆらゆらと揺れている。部屋のスピーカーから流れる音楽に合わせてリズムを取っているようでかわいい。

天気予報は一日中晴れマークが並んでいる。あっという間に乾くだろう。

(似たような色ばっかりだな…)

白と黒、ネイビーとグレーばかりの洗濯物を眺めて(今年こそ違う色を買おうかな)と、どうせ実行しないことを考えながら冷蔵庫を開ける。

ビール、レモンサワー、牛乳、日本酒、水、炭酸水。独り身には大きすぎる冷蔵庫でじっと待機しているのはアルコールをはじめとした水分ばかりだけど、何とも思わない。それが10年以上続いている当たり前の光景だから。

毎日同じくらいの量のお酒を飲む。ビール1缶とレモンサワー1缶。足りなかったら日本酒をちょこっと。一日を終わらせるためのルーティーンだ。

きちんと朝に起きて洗濯機を2回も回した自分へのささやかなお祝いに、発泡酒ではなくエビスを取り出す。

その日初めての水分を摂取しながら、コンビニの袋に入りっぱなしのカップラーメン用のお湯を沸かす。

料理はできる。その辺の女子よりもずっと味も見栄えの良い料理を手際よく作ることができる。でも、そのスキルは自分のためではなく家に遊びにやって来る友達や、趣味のアウトドアで楽しい時間を過ごすためのものだ。僕自身が僕のために料理を作ることはめったにない。

  

やかんの汚れが気になったので、冷めたら重曹で磨かなきゃと考えながら、残された日曜日の過ごし方を考える。

シーツもカーペットも洗って、くたびれた革靴をピカピカにしよう。そうなるとフローリングも磨きたいし、カーテンも洗いたい。キャンプ用品にも土がついたままなので落とさなくちゃいけない。全部広いバルコニーでカラカラに乾くのをソファで漫画でも読みながら待とう。取り込む頃には夕方になっているだろうし、そしたらランニングでもして銭湯にも行きたい。帰りにアイスとビールを買っておこう。夕飯は宅配ピザでもとって、眠くなるまでAmazon Primeで映画を見る。

そういえば自転車に空気を入れなくちゃいけないし、春物のクリーニングの引き取りにもいいかげん行って、部屋の隅で図々しく整列しているzozoやAmazonの段ボールも開けなくちゃいけない。もう何週間も買ったまま放置してある。中に何が入っているのか買った本人でさえも曖昧だ。また必要じゃない物を買った証拠だ。

 

この部屋は本当に必要なものが揃っていない。

いや、必要なものはそろっているんだろうけど、もしこの先誰かと一緒に暮らすことになるのであればたくさんの物を捨てて、買い足さなくてはいけない。分かっていながらも物は増えていく一方だ。

 

カップラーメンをすすりながらカバンから読みかけの小説を取り出し開ける。物語は終盤を迎えていた。もう少しで終わっちゃうな、という寂しさを感じながらもエンディングに向けてワクワクしながらページを大切にめくる。きっと1時間もあれば本の中の物語は終わってしまうだろう。何日もかけて読んだ本だし、できればハッピーエンドで終わってほしいけど、後味の悪いエンディングも嫌いではない。

好きな作家がインタビューで「終わり方を決めて物語を書いたことはありません。どんなエンディングにするのかは書き進めながら考えます。だから、書いてる途中でエンディングはころころ変わります」ということを言っていたことを思い出す。

 

今の僕の生活はハッピーエンドに向かってるんだろうか。

 

この夏36歳になった。もういい歳だ。立派なおっさんだ。気持ちはいつまでも20代のつもりでいる。でも筋肉、肌、歯ぐき、感覚。すべてが緩やかに、でも確実におっさんになっていることを感じる。20代の僕はとっくに36歳には結婚していると信じていた。 多くの同級生はとっくに結婚しているし、大きいところだと中学生の子供もいるらしい。そういった生活がハッピーエンドと呼ばれているのあれば僕の毎日はすでにハッピーエンドを前提としていない。

どこで何がどうなって結婚不適合者になったのか自分ではわからない。

普通に仕事して普通に生きていれば結婚できると思っていた。どうやらそんな時代はとっくの昔に終わっていたようだ。物音一つ立てず、誰にも気付かれないように。そのことを誰も教えてくれなかった。

たくさんの友人の結婚式に行った。離婚の報告もたくさん受けた。もう何が正解なのか分からない。僕たちは正解が何なのか分からない世界を生きている。一番の問題は誰も正解の知らない時代を生きたことが無いということだ。全員で迷子になっているんだ。ロマンスの神様でさえ「ええんちゃう?知らんけど」とか言い出す始末だ。

30を過ぎてから独りで生きることが楽しくなった。楽しい楽しいと思っていたらこんな歳になっていた。ちゃんと学校で教えるべきだ。道徳とか、ホームルームの時間に。『いいですか、みなさん、30歳過ぎての独身の独り暮らしは中毒性があります。アルコールとかタバコよりずいぶんたちが悪いです。そうですね、麻薬と似ているのかもしれませんね。先生は麻薬やったことないけど、使えば使うほど抜けられなくなる点は一緒ですね。自由になるお金と時間。仕事、友達、デート、買い物、食事。全ての生活の決定権が自分にあるという生活は楽しいですが、まちがいなく大切なものを失っていきますからね。大切なもの?いい質問ですね。大切なものは人によって違います。男性と女性、生まれた環境にって違ってきます。先生は28歳で結婚したのでその大切なものが何か分からないままですが、気付いた時には何もかも手遅れですからね。いいですか?ちゃんと日本の平均結婚年齢までには何の疑問も抱かずにその時一番身近にいた異性を愛し、育み、結婚しましょうね。ではみなさん、良い夏休みを。宿題はちゃんとやるように。宿題にはちゃんと期限がありますからね。大人になると私生活に誰も期限を設けてくれませんよ。それでは、元気な顔で始業式で会いましょう』って。国は晩婚化や少子化を止めたかったらこれを義務教育に組み込むべきなんだ。これまでチャンスが無かったかと言えばそうじゃない。でも、自分の選択にはこれっぽっちの後悔もない。後悔が無いからこそ、これから進むべき道が分からない。誰か

 

 

 

 

 

ふと、猛烈な雨音で目を覚ました。

 

 

バルコニーで乾いていたはずの洗濯物がずぶ濡れになっていた。

今年何度目かのゲリラ豪雨に打たれながら、何もかも予定通りにいかなかったことに肩を落としながら急いで洗濯物を取り込む。

 

 

 

 

「教えてくれよ、正解を」

 

 

 

 

夢の続きの言葉が口からこぼれた。  

 

 

 

 

続く

(うそ、続かない)

 

 

 

ありがとうございました。

おしまい。