立ち上がりやすく倒れるために

また地震です。

またまた自然災害です。

地震、台風、大雨、猛暑、寒波。

常に日本のどこかで何かが起こっています。

 

もはや災害は日常です。毎日のように誰かが自然の力によって命を落としています。 

ここまでくると、テレビに映っている土砂崩れや洪水は他人事ではありません。

明日、自分や、自分の大切な人が死ぬ可能性は、これまでよりずっと高くなっているはずです。そのことを連日の災害で改めて僕たちは知りました。

 

 

日本はすばらしい国です。

災害がある度に、団結力を発揮します。

 

募金をする人がいます。

ボランティアに行く人がいます。

SNSで有益な情報を拡散する人がいます。

災害の予測をしようと研究してる人がいます。

経済を回すことが復興になると信じ、お金を使う人がいます。

亡くなった人を追悼する人がいます。

 

物資を買い占めたりする人より、圧倒的に多くの人が誰かのために動きます。

 

だから大丈夫。今回も大丈夫。

これまでも何度も立ち上がってきました。

大きな震災や、台風から。

僕たちのおじいちゃんやそのまたおじいちゃん達も、戦争や、空襲や、大災害から立ち上がってきました。外国の支援を受けて、がれきを片付けて、倒れた建物を直して、木や花を植えてきました。美しい日本を創ってきました。

 

これから先、日本のどこに大震災があっても僕たちは何度でも立ち上がれるはずです。

 

でも、だからこそ、です。

大きな震災で倒れてしまったときに、立ち上がりやすいように備えをしましょう。

 「うわ、大変だね」ではなく、地震をきかっけにして、自分にできる備えをしましょう。

もし何も備えをしていない人がいるなら、今回の一連の災害をきかっけに、備えてほしいんです。

 

どうせいつか来るんです。みんなの街に。絶対に来るんですから。

すぐそこまで「死」が迫る瞬間が来るんですから。

 

 

備えましょう。

自分が住んでいない地域の災害をきかっけにしましょう。

これっぽっちも不謹慎なんかじゃありません。

 

災害で倒れてしまったとき、すぐに立ち上がれるように。

がれきを片付けて、建物を直して、花や木を植えれるように。

いつもの部屋でいつものコーヒーを飲めるように。

 

備えましょう。

生き残りましょう。

 

生きてさえいれば知らない誰かが何とかしてくれますから。

そういうふうにできていますから。日本は。

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ありがとうございました

おしまい

独り暮らし中毒という病

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さっきまでジャブジャブと洗濯機の中で回っていたシャツや靴下が8月の強い日差しの中でゆらゆらと揺れている。部屋のスピーカーから流れる音楽に合わせてリズムを取っているようでかわいい。

天気予報は一日中晴れマークが並んでいる。あっという間に乾くだろう。

(似たような色ばっかりだな…)

白と黒、ネイビーとグレーばかりの洗濯物を眺めて(今年こそ違う色を買おうかな)と、どうせ実行しないことを考えながら冷蔵庫を開ける。

ビール、レモンサワー、牛乳、日本酒、水、炭酸水。独り身には大きすぎる冷蔵庫でじっと待機しているのはアルコールをはじめとした水分ばかりだけど、何とも思わない。それが10年以上続いている当たり前の光景だから。

毎日同じくらいの量のお酒を飲む。ビール1缶とレモンサワー1缶。足りなかったら日本酒をちょこっと。一日を終わらせるためのルーティーンだ。

きちんと朝に起きて洗濯機を2回も回した自分へのささやかなお祝いに、発泡酒ではなくエビスを取り出す。

その日初めての水分を摂取しながら、コンビニの袋に入りっぱなしのカップラーメン用のお湯を沸かす。

料理はできる。その辺の女子よりもずっと味も見栄えの良い料理を手際よく作ることができる。でも、そのスキルは自分のためではなく家に遊びにやって来る友達や、趣味のアウトドアで楽しい時間を過ごすためのものだ。僕自身が僕のために料理を作ることはめったにない。

  

やかんの汚れが気になったので、冷めたら重曹で磨かなきゃと考えながら、残された日曜日の過ごし方を考える。

シーツもカーペットも洗って、くたびれた革靴をピカピカにしよう。そうなるとフローリングも磨きたいし、カーテンも洗いたい。キャンプ用品にも土がついたままなので落とさなくちゃいけない。全部広いバルコニーでカラカラに乾くのをソファで漫画でも読みながら待とう。取り込む頃には夕方になっているだろうし、そしたらランニングでもして銭湯にも行きたい。帰りにアイスとビールを買っておこう。夕飯は宅配ピザでもとって、眠くなるまでAmazon Primeで映画を見る。

そういえば自転車に空気を入れなくちゃいけないし、春物のクリーニングの引き取りにもいいかげん行って、部屋の隅で図々しく整列しているzozoやAmazonの段ボールも開けなくちゃいけない。もう何週間も買ったまま放置してある。中に何が入っているのか買った本人でさえも曖昧だ。また必要じゃない物を買った証拠だ。

 

この部屋は本当に必要なものが揃っていない。

いや、必要なものはそろっているんだろうけど、もしこの先誰かと一緒に暮らすことになるのであればたくさんの物を捨てて、買い足さなくてはいけない。分かっていながらも物は増えていく一方だ。

 

カップラーメンをすすりながらカバンから読みかけの小説を取り出し開ける。物語は終盤を迎えていた。もう少しで終わっちゃうな、という寂しさを感じながらもエンディングに向けてワクワクしながらページを大切にめくる。きっと1時間もあれば本の中の物語は終わってしまうだろう。何日もかけて読んだ本だし、できればハッピーエンドで終わってほしいけど、後味の悪いエンディングも嫌いではない。

好きな作家がインタビューで「終わり方を決めて物語を書いたことはありません。どんなエンディングにするのかは書き進めながら考えます。だから、書いてる途中でエンディングはころころ変わります」ということを言っていたことを思い出す。

 

今の僕の生活はハッピーエンドに向かってるんだろうか。

 

この夏36歳になった。もういい歳だ。立派なおっさんだ。気持ちはいつまでも20代のつもりでいる。でも筋肉、肌、歯ぐき、感覚。すべてが緩やかに、でも確実におっさんになっていることを感じる。20代の僕はとっくに36歳には結婚していると信じていた。 多くの同級生はとっくに結婚しているし、大きいところだと中学生の子供もいるらしい。そういった生活がハッピーエンドと呼ばれているのあれば僕の毎日はすでにハッピーエンドを前提としていない。

どこで何がどうなって結婚不適合者になったのか自分ではわからない。

普通に仕事して普通に生きていれば結婚できると思っていた。どうやらそんな時代はとっくの昔に終わっていたようだ。物音一つ立てず、誰にも気付かれないように。そのことを誰も教えてくれなかった。

たくさんの友人の結婚式に行った。離婚の報告もたくさん受けた。もう何が正解なのか分からない。僕たちは正解が何なのか分からない世界を生きている。一番の問題は誰も正解の知らない時代を生きたことが無いということだ。全員で迷子になっているんだ。ロマンスの神様でさえ「ええんちゃう?知らんけど」とか言い出す始末だ。

30を過ぎてから独りで生きることが楽しくなった。楽しい楽しいと思っていたらこんな歳になっていた。ちゃんと学校で教えるべきだ。道徳とか、ホームルームの時間に。『いいですか、みなさん、30歳過ぎての独身の独り暮らしは中毒性があります。アルコールとかタバコよりずいぶんたちが悪いです。そうですね、麻薬と似ているのかもしれませんね。先生は麻薬やったことないけど、使えば使うほど抜けられなくなる点は一緒ですね。自由になるお金と時間。仕事、友達、デート、買い物、食事。全ての生活の決定権が自分にあるという生活は楽しいですが、まちがいなく大切なものを失っていきますからね。大切なもの?いい質問ですね。大切なものは人によって違います。男性と女性、生まれた環境にって違ってきます。先生は28歳で結婚したのでその大切なものが何か分からないままですが、気付いた時には何もかも手遅れですからね。いいですか?ちゃんと日本の平均結婚年齢までには何の疑問も抱かずにその時一番身近にいた異性を愛し、育み、結婚しましょうね。ではみなさん、良い夏休みを。宿題はちゃんとやるように。宿題にはちゃんと期限がありますからね。大人になると私生活に誰も期限を設けてくれませんよ。それでは、元気な顔で始業式で会いましょう』って。国は晩婚化や少子化を止めたかったらこれを義務教育に組み込むべきなんだ。これまでチャンスが無かったかと言えばそうじゃない。でも、自分の選択にはこれっぽっちの後悔もない。後悔が無いからこそ、これから進むべき道が分からない。誰か

 

 

 

 

 

ふと、猛烈な雨音で目を覚ました。

 

 

バルコニーで乾いていたはずの洗濯物がずぶ濡れになっていた。

今年何度目かのゲリラ豪雨に打たれながら、何もかも予定通りにいかなかったことに肩を落としながら急いで洗濯物を取り込む。

 

 

 

 

「教えてくれよ、正解を」

 

 

 

 

夢の続きの言葉が口からこぼれた。  

 

 

 

 

続く

(うそ、続かない)

 

 

 

ありがとうございました。

おしまい。

人生最期の七日間?いや、三日でいいです

『お前が「死にたい」と言って無駄に過ごした今日は、昨日死んだ奴の一生懸命生きたかった明日なんだ』

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ネットでたまに見かける言葉です。

これを元ネタに「お前が今朝死ぬほど寝たいと願った10分は、昨晩寝る前にベッドで無駄にスマホ見て過ごした10分」などパロディがいくつか存在する言葉でもあり、見かけたことがある方もいらっしゃるのではないでしょうか。

元ネタの出所を調べてみると韓国の小説「カシコギ」(2002年サンマーク出版)の邦訳のようで、正しくは「あなたが虚しく過ごした今日という日は、昨日死んでいったものが、あれほど生きたいと願った明日」でした。

 

僕は僕の人生を生きています。みなさんも、みなさんだけの人生を生きているはずです。

「たった一度きりの人生なんだから!」って言われても「そうだ!たった一度きりの人生!うおおぉぉ!やるぞおおおぉぉぉぉ!」ってなりません。僕がどれだけいい加減に生きようが一所懸命生きようが、僕が生きた「今日」は僕だけのものです。

僕たちの「今日」は昨日死んだ知らない誰かが生きたかった「今日」と比較されるべきではないし、比較してはいけなと考えます。

 

しかし、非常に考えさせられることがありました。

 

2018年3月9日、ひとつの詩が朝日新聞の投稿欄に掲載されました。

投稿したのは宮本英司さん(71)。

出会って52年、結婚生活45年。長年連れ添った奥さん(宮本容子さん)が2018年1月19日にガンで亡くなりました。ガンの発見から余命宣告、抗がん剤の副作用、苦しい闘病生活の中、亡くなる約一か月前に英司さんからの「家に帰ったら何がしたい?」の問いに対して容子さんが綴った詩です。

 

「七日間」

神様お願い この病室から抜け出して
七日間の元気な時間をください


一日目には台所に立って 料理をいっぱい作りたい
あなたが好きな餃子や肉味噌 カレーもシチューも冷凍しておくわ

二日目には趣味の手作り 作りかけの手織りのマフラー
ミシンも踏んでバッグやポーチ 心残りがないほどいっぱい作る

三日目にはお片付け 私の好きな古布や紅絹
どれも思いが詰まったものだけど どなたか貰ってくださいね

四日目には愛犬連れて あなたとドライブに行こう
少し寒いけど箱根がいいかな 思い出の公園手つなぎ歩く

五日目には子供や孫の 一年分の誕生会
ケーキもちゃんと11個買って プレゼントも用意しておくわ

六日目には友達集まって 憧れの女子会しましょ
お酒も少し飲みましょか そしてカラオケで十八番を歌うの

七日目にはあなたと二人きり 静かに部屋で過ごしましょ
大塚博堂のCDかけて ふたりの長いお話しましょう


神様お願い 七日間が終わったら
私はあなたに手を執られながら
静かに静かに時の来るのを待つわ
静かに静かに時の来るのを待つわ

 

僕が今同じ立場だったら何をするだろうと考えました。

病気に倒れ、当たり前だと思っていた健康的な生活を奪われ、余命宣告を受け、苦しい薬の副作用の中、確実に弱まっていく命の灯。長くはないカウントダウンの中で、神様から「病気しんどそうやな。願い、叶えたるわ。七日間やで」って言われたとき、どうやって最期の七日間を過ごすのか考えました。

 

「いや、すいません神様、せっかくなんですけど、やっぱり大丈夫です。七日間もいらないです。三日あれば十分です」が僕の出した答えです。 

 

僕には何もありませんでした。本当に何もありませんでした。

親と友達に感謝の気持ちだけ伝え、家具や家電を整理し、お金を使って、死後にかかる迷惑を最小限にして、スマホからDMMのアプリを消し、各種SNSのアカウントとこのブログを消して終わりです。

LINEの友達は300人を超えていましたが、人生最期の七日間に会いに行きたいと思う人はほんの数人しかいませんでした。300人も登録されているのに、何度見返しても数人しかいませんでした。 

もし今、不治の病で倒れ余命を宣告されるなら、不謹慎かもしれませんがやはりすぐに死にたいと思います。「七日間もいらないな、七日間も怖いな」が正直な感想です。

 

何も手元に無いのです。独身で、恋人もいなく、仕事に追われ、同じような毎日を同じように過ごし、それなりに嬉しいことや悲しいこと、楽しいことや大変なこともあります。でも、それだけでした。

亡くなった宮本容子さんは七日間で「日常」を過ごしたいと望みましたが、僕の日常は死ぬ前に改めて過ごしたいものではありませんでした。

 

毎年正月には 「今年はこれやるぞ!」って決めても、あっという間に毎日の仕事や友達との約束や女の子とのデートや家賃の支払いや歯医者の予約やLINEの返信という日常に飲み込まれ、色々なものをどこかに置き去りにしてしまうのです。

震災で亡くした親友の分まで生きるって決めたのに、こんなもんです。

僕の硬かったはずの決意は、いつだってこんなもんなのです。

 

七日間を使うにふさわしい何かを手に入れるべくもう一度、考えなければいけません。

会いたい人に会えているか、やりたいことをやれているか、立ち止まらなければなりません。 

神様から「ラスト七日間やで」と言われた時に、意味のある七日間を過ごせるように。

「七日間は長いっす。三日でいいっす。いや、本当に。大丈夫です」って言わなくてもいいように、僕は僕の生活を変えることを今度こそ決意しました。

 

僕は会社を辞めようと思います。

10年間お世話になった会社です。大好きな仲間がいる会社です。感謝しています。

でも春に過労で体調を崩したときに病院のベッドで(このまま死んでも満足かな)と考えた時、完全にNOでした。

本当にやりたいことは別にありました。チャレンジしたいことはあったのに、本当はそれを知っていながらも僕は行動に移せずにいました。 

 

この先いつか死ぬときに最大限の承認を自分に与えるために、自分を使いきって死ねるように、日常を大切なものにするために、神様に「七日間、有意義に使います」って胸張って言えるように、僕は行動します。

 

冒頭に紹介した宮本英司さん、亡くなった奥さんの宮本容子さんの本「妻が願った最期の『七日間』」(サンマーク出版)が先週発売されました。詩「七日間」が生まれた背景を夫婦の交換日記などを通して書かれています。

本の販売ページのリンクは貼りません。広告も貼りません。

僕と同じように、日常を変えなければいけないことを知っていながらも行動に移せない方、気になった方は書店でぜひご購入ください。

 

下記は朝日新聞が運営する紹介サイトです。 

withnews.jp

 

最後に、もう一つだけ。

僕はこの本を通して「今死んでも満足なのか」を考えましたが、もう一つ感じたことがあります。それは「夫婦のありかた」です。独身で彼女もいない僕は、宮本さん夫婦の日常を率直に(うらやましな)と感じました。夫婦の交換日記からは確かな「信頼関係」を感じたのです。

3組に1組が離婚する現代。離婚したいけど様々な事情から離婚していない夫婦を合わせると、たぶん世の中の半分の夫婦が離婚を考えているのではないでしょうか。

僕もさんざんこのブログで恋愛のことを書いてきました。契約結婚しようぜ、とか、マッチングアプリで出会ったこと胸張って言おうぜ、とか。でも、結婚生活のあり方については何も書けませんでした。独身だから書けることが無いのです。

僕は今、心の底から宮本さん夫婦に憧れを抱いています。

自分さえ納得できればどんな出会いでもいいし、どんな結婚でもいいと思っていますが、宮本さん夫婦からは結婚生活の「本来あるべき姿」を勉強させていただきました。結婚生活があまりうまくいっていない方にもぜひ読んでいただきたいと思います。夫婦のあり方を見直せるきっかけになるのではないかと思います。

 

 

みなさんは、人生最期の七日間をどやって過ごすのでしょうか。

 

 

ありがとうございました

おしまい