「愛している」よりも大事な言葉

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先日、男友達の37歳の誕生日をお祝いしました。

いつものお店に集合したメンツは5人。男ばっかり。しかも全員が30代の独身です。

お店にお願いしてケーキを出してもらい、ダミ声でハッピーバースデーを歌い、ガハハと笑い、酒をガブガブ飲み、プレゼントをあげて、平日の夜から大いに盛り上がりました。

お店からの「ケーキ、ラインナップありますけど、どうしますか?」の事前連絡に「一番高いやつでいいですよ」と安易に答えてしまったのが原因で、男5人で花火が刺さった巨大なケーキを食べるという、途中から満腹&胸やけと戦う修行のようになってしまいましたが、おおいに楽しかったです。

 

おっさんが5人集まって話す話題は「スポーツの話」「仕事の話」そして、決まって「恋愛の話」です。そりゃ、おっさんだって恋愛は必要ですから、話題には上がります。

でも、全然話が盛り上がらない。お通夜みたいになっちゃう。

なぜなら、30代も中盤になると多くの友人は結婚しているわけで、話題の中心は「他人の恋愛」ではなく「自分たちのこと」になるからです。

ろくに現在進行形の恋愛をしていないから、盛り上がらないのも当然です。 

 

世の中の多くの若い男性は「草食系」というレッテルを貼られています。自分からガツガツ女性にアタックする男性が減っているというのです。実際、その通りだと思います。でも、30代を過ぎて独身を謳歌する男性の方がよっぽど「草食系」なのです。

20代の頃はそれなりに恋愛もして、楽しんでいたはずなのに年齢を重ねると身動きがとれなくなるのです。なぜなのでしょうか。

 

その答えは、テラスハウスの中にありました。 

 

先日「来月から始まるテラスハウスのレビューを書きませんか?」というお話をいただき、生まれて初めて(なんなら毛嫌いしていた)テラスハウスを見ておこうと思い、軽井沢編を見たのですが、20代の若者に交じって一所懸命恋愛しようとする一人だけ30代の男性のことを、もう本当に健気に感じました。

その男性は自分よりも10歳以上年下の女の子からの『あなたがあと5歳若かったらよかったのにな』のセリフで、せめてもう少し若く見えるようにしようと、自分のトレードマークの髭を剃るのです。

(まじかよ、そういうことじゃないでしょ…)と感じながらも(立派だな…僕なら絶対にそんなことできないよ……立派だよ……)と感じました。

終盤でテラスハウスに入居してきたゲスの極み乙女のベーシスト和田さん(休日課長)だってそうです。一人だけ30代。女の子に一所懸命愛情を伝えたり、プレゼントを買ったり、料理を振舞って、最後の最後には散るのですが、同じく(立派だよ…ゲスの極み乙女聞かないけど…好きになっちゃうよ…)と感じました。

 

僕は36歳独身彼女なしという立派な孤独死予備軍であります。

ここで、今、恋愛を楽しめない原因をめちゃくちゃ本音で言うと、自分のことを「恋愛で恥をかいてはいけない年齢」だと思っているのです。恥をかいちゃいけないなんて誰も言っていませんが、僕の、僕による、僕のための、僕王国の、僕の法律でそう決まっているのです。

そしてこれは、多くの独身の大人が抱える問題なのです。

 

テラスハウスの二人の30代は、年下の女子に対して向かっていき、立派に恥をかいていました。これが、30代も中盤になると、よりできなくなるのです。

 

恥をかきたくない→傷つかないような恋愛に逃げる→それが女性なら不倫、男性なら恋人未満のセフレ付き合い→もしくは恋愛をあきらめる→友達付き合い最高→時間だけが経っていく→結果、より恥をかきたくなくなる

 

これが30代を謳歌しながら孤独に生きる僕たちの負のスパイラルです。

 

そして「30代中盤で独身だと結局、理想のタイプが高いんでしょ?と言われる問題」です。

これは、めちゃくちゃ言われます。

でも、もう声を大にして言いますけど、神に誓ってそんなこと無いんです。逆です。

たまにテレビやネットで30代の独身女性の理想のタイプが「年収1000万」「身長180センチ」とか言ってるのを叩かれていますが、あれはレアケースです。

多くの独身は男も女も年齢と共に「好きなタイプ」が変わってきます。

臆病になっているし、理想から現実へ、変わっていくのです。

だから、先月発売した本に僕は「男性は自分への愛情を分かりやすく、真っすぐに伝えてくれる女性と一緒になりたいと思っています。最後の最後にはルックスでも、スタイルでもなく、自分への愛情なのです」と書きました。これは、本当に真実だと思います。色々な恋愛で傷つき、自信を失い、傷つくことや、恥をかくことに臆病になり、自分には何か重大な問題があるんじゃないかと不安になる大人が最後に求めるのは、まちがいなく「自分への愛情」です。

これは、もしかしたら多くの女性も同じことを感じているのかもしれませんが、独身男性全員から同意を得る自信があります。

しかし「自分への愛情を分かりやすく、真っすぐに伝えてくれる」とはどういうことなのでしょうか。その答えを、実はちゃんと考えることができなかったのです。

 

しかし先日、本を読んでいたら、それこそ首がポロリと取れてしまうんじゃないかと思うくらい頷く言葉がありました。

独り言はあまり言わない方だと思っていますが、この時ばかりは「これだ……」と呟きました。

 

 

 

 

その言葉とは、

 

 

 

 

 

『100回の「愛してる」より10回の「尊敬してる」に男心は揺さぶられる』

 

 

 

 

これです。

本当にこの通りだなと思います。

効果的に愛情を表現する、とは「好きだ好きだ」と連発することではありません。一歩間違えるとメンヘラと言われます。もちろん、それも立派な愛情表現なのですが、男性がもっとグッとくるのは「尊敬している」なのです。「尊敬している」は時に「愛している」よりも大事な言葉となるのです。

そして多くの女性が抱える問題「私、こんなに尽くしてるんですけど長続きしないの、なんで?」の答えでもあります。

下記は本からの引用です。全独身男性、首が取れるくらい頷いてください。

 

男性は、狩をして妻に褒めたたえられ、王様のように尊敬されると「俺の力で、もっともっと妻や家族を幸せにしたい」と腹の底から力がみなぎるもの。そして、責任感を持つようになるのです。狩り=命をかける行為。実は男性って、究極の尽くし体質なんです。

 引用:P148

 

これは本当に真理だなと感じます。

弱音ですが、本音で言います。僕たち男性は、尊敬されたい。めちゃくちゃ尊敬されたい。尊敬されたくてしょうがないのです。特に好きな人からは、尊敬されたいのです。モテたくて仕事がんばったり本を読んだりおしゃれしているのではなく、尊敬されたくてそうしているのです。

そしてこれは、何かと男性の面倒を見てしまう尽くし体質の女性が最後の最後に男性から捨てられてしまう原因でもあります。

 

この本をよんだきっかけは僕の本のKADOKAWAの編集担当が「ウイさんが読んだ方がいい本があります」とおすすめしていただた本です。

 

神崎メリさんの「メス力」です。

 

女性に向けて書かれた恋愛本なのですが、男性の僕が読んでも「確かに」「それな」「耳が、痛い」が満載の本でした。男性の僕の耳が痛いということは、真実が書いてある、ということです。

上記でご紹介した内容以外にも

 

「彼女の不安顔=彼の自信喪失」

「男性はなによりも自由を愛する生き物のため、ヒスるめんどくさい女は『自由を侵害する敵』とみなす」

「ダメ出しの多い男性はあなたをアクセサリー扱いしている」

「男性側から別れを切り出された時の復縁可能性は、ほぼゼロ」

 

とキラーワードが盛りだくさんです。著者の神崎さんは本当は男性なんじゃないかと思うくらい(美しい女性です)男のことをよく分かっています。怖い。この本は発売前に重版が決まるくらい売れていますが、この本がもっともっと世に広がることで、女性を食い物にするズルい男が淘汰されるのはまちがいありません。

いつもダメな男性に時間とお金を使ってしまう女性は絶対に読んで欲しいと思います。

 

僕も恋愛の本を出版させていただきました。

僕と神崎さんの本には同じこともあれば正反対のことも書いてあります。でも、すべてが正解です。恋愛の考え方は十人十色。だから、僕の本も、神崎さんの本も、すべてが正解なのです。恋愛の本を読むにあたり大事なのは「これは私に合っているからやってみよう」だと思います。一冊に肩入れせず、できるだけたくさんの意見を見て、できそうなこと、素直に受け入れられそうなことを実行する。それが一番大事だと思います。

僕の本で納得できなかった人も、納得できた人も、おすすめの一冊です。

ありがとうございました。

おしまい

 

もちろん僕の本も発売中。重版も決まりまして、重ね重ねありがとうございました。 

僕らはみんな病んでいる。病んでいるけど生きるんだ

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もう15年くらい前なのですが、キッチンの吊り戸棚のトビラに頭を強打して、後頭部にマンガのようなたんこぶができました。

医者には行かず、数週間で炎症は治まったのですが、今度は別の所が腫れていることに気付きました。ぶつけていない所です。

それがいつまでたっても収まらないので皮膚科に行くと、お医者さんが

 

「炎症が起きているのは間違いないけど、よくわからん」と言うのです。

 

紹介状で大学病院に行き検査した結果、病名は「頭部乳頭性皮膚炎」でした。

奇病です。

だって病名に乳首が入っています。奇病にまちがいありません。

先生は「これ、ハッキリとした原因は分かってないんですよ。恐らくたんこぶ作ったときにバイキン入ったんでしょうね。個人差ありますが、たぶんずっとこのままです」とのこと。

先生の言った「たぶん」は現実のものとなり、あれから15年経過しましたが、僕の頭皮の一部はあいかわらず少し盛り上がっています。

痛くもかゆくもないし、変化もしない。

不便なことは美容室ではじめましての人に「ここ、触ると少し盛り上がっているんですけど、痛くもかゆくもないので大丈夫です」と説明することです。でも、もう10年以上、同じ美容室にお世話になっているのでストレスフリー。

 

という話を友達6人と食事をしている時に話したら

 

「頭にwww乳首wwwwwww」

 

と、ひとしきり笑われた後に、1人が

 

「俺、実は『ニセ痛風』なんだよね」と言うのです。

 

申し訳ないのですが、笑ってしまいました。「ニセ?なんだそれwwwww」と。

偽痛風とは正式名称で(調べたらギツウフウと呼ぶそうです)、症状は痛風そっくりですが、原因が異なる病気です。でも、彼も日常生活に支障は無く、たまに足首が痛い程度、とのこと。

 

すると、また別の友人が「俺もあるよ。みんなに言ってなかった病気。『頭内爆発音症候群』」と言うのです。

寝る前に爆発音が聞こえるらしいのです。

「原因はよく分かってないらしいんだけどね、寝るときさ、本当に眠りに落ちる直前にさ、チュドーーーン!ドカン!ボッカーーン!ってさ、聞こえるの」の説明で「寝れないねwwそれは、寝れないねwwwww」と混みあがる笑いを抑えることができませんでした。友人は年に数回とのことでしたが、きっと苦しんでいる方もいらっしゃる中、不謹慎なのですが、笑ってしまいました。

 

3人目の友人が「私は、身体は特にないな。でも、風船が死ぬほど怖い」と言うのです。

「風船がね、膨らんでいる状態がめちゃくちゃ怖い。吐きそうになる。バラエティ番組で巨大な風船を膨らますゲームみたいなやつが一番最悪。恐怖なんてもんじゃない。絶対に見れない。リモコン見つからないときは部屋から逃げる。風船恐怖症っていうんだって」

これは何となく気持ち分からんでもないです。

 

そういえば僕も、病名があるのか無いのか分かりませんが脳内に「巨大な物」と「小さい物」を同時に思い浮かべるとめちゃくちゃ怖いです。それぞれ単品では何とも思わないのですが、セットになると怖いのです。

例えば「アリとゾウ」めちゃくちゃ怖い。

「ダムと子犬」無理無理無理。

 

すると、また別の友人が「キメラ料理が怖い」と言い出すではありませんか。

「親子丼はわかるじゃん、鶏と卵だもん。でも、鳥の手羽に牛や豚の肉を詰め込んだ手羽餃子とか。イワシの腹に明太子入れた料理とか、違う生き物の部位を掛け合わせた料理が怖い。牛丼に生卵も無理。食えないし、見るとゾッとする。神もを恐れぬ所業だよ」

 

そんな話をしていたら、その場にはいなかったのですが、大阪の友人は「群発頭痛」を持っています。何年かに一度、突発的に頭痛に襲われるのです。こんなに痛いなら死んだ方がましと言うくらい痛いらしく「自殺頭痛」の異名を持ち、心筋梗塞、尿管結石と並ぶ三大痛のひとつと言われています。

「長い単語恐怖症」の人もいるそうです。長い文章、ではなく、長い単語。そして「長い単語恐怖症」の英語の病名が「Hippopotomonstrosesquipedaliophobia」という単語なのです。病名がめちゃくちゃ長い単語って、もう悪ふざけとしか思えません。

昨年話題になった小説「夫のちんぽが入らない」も、夫のちんぽだけが入らないという、病気ではありませんが問題を抱えた夫婦の「実話」です。

 

出てくる出てくる、色んな病気や恐怖症。

人に言えないような、言ってこなかったような、言う機会がなかったような問題が。

そして、そのほとんどがはじめましての病名です。全員、命には関わらない程度の、慢性的な病気を心身に抱えていました。

 

みんながんばってるんだな、なんてことない顔してさ。

と、僕たちはその時ばかりは互いの呼び名を「乳首」や「風船」や「爆発」に変えて、それぞれが抱える病気の話しで1時間近く盛り上がりました。

 

キメラ「俺、昔事故して、ここにボルト入ってる」

偽痛風「俺なんかここにシャーペンの芯が2本も刺さったままだぞ」

爆発「重度の痔」

途中からマウントの取り合いです。

 

しかし、1人会話に混ざってこない友人がいるのです。最年少のヨウジくんです。

 

 「なんも無いって。俺、健康ですから。マジで」と言うヨウジ君。

 

乳首「絶対に何かあるだろ」

爆発「一人だけ20代だからって、無いことは無いだろ」

キメラ「花粉症とか、高所恐怖症でもいいぞ」

 

 

と、酒の入っていた僕たちは彼に迫ります。

何度も何度も何度も迫ります。

 

「分かりましたよ!言いますから!絶対に誰にも言うなよ!」

ようやく根負けした彼が、つぶやくように言いました。

 

 

 

 

 

 

「ED」

 

 

 

 

 

 

 

「心因性のEDで、もう、一年以上、勃ってない」

 

 

 

 

 

 

乳首も、爆発も、キメラも、みんなでEDを抱きしめました。

ごめんな、ごめんな、と。

ヨウジくんには「いつか、立つよ」という想いを込め「クララ」の呼び名を与え、その日は朝まで飲みました。

 

 

僕らはみんな、病んでいる。病んでいるけど、生きるんだ。

 

ある人は、内緒の病気を抱えながら。

またある人は、どこにもカテゴライズされないような、名もなき恐怖症を抱えながら。

100%健康な心身なんてもう手に入らないかもしれないけど、それが僕たちの日常。

色んなものを引きずり回しながら、明日も各自が持つ精一杯の健康で、楽しみましょう。

 

ありがとうございました

おしまい

 

【お知らせ】

書籍が発売されました。重版も決定。ありがとうございました。

 

他人との距離感がバグっている人が苦手

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昨日の夜のできごとです

 

終電間際の駅構内。

大きなバックパックを背負った外国人のカップルから乗換について英語で質問されました。

 

英語、苦手です。

でも、僕が仕事や旅行で海外に行ったとき、何度も現地の人が助けてくれました。特に空港でのトランジットでは何度も何度も助けられました。これは「自分、恩返ししときや」と神が僕のために用意したステージなのです。

英語の知識を総動員して乗り換えを説明し、ちゃんと理解してもらえました。

乗り換えまで少し時間があったので、立ち話ですが世間話も少し。

カップルはカナダから旅行に来ていること、温泉が大好きなこと、日本食は調理方法が多彩でワンダフル、盛り付けもビィーティフルなこと、特に飛騨で食べたビーフはエクセレントだったこと、コメダ珈琲のメロンソーダはファニーなことを教えてくれました。僕もカップルの男性がキアヌ・リーブス(カナダ出身)に似ていることを伝えてお別れをしました。彼氏、体重100キロくらいあるスキンヘッドなので、全然似てないんですけどね。ファニージョークと褒められました。

 

つたない英語ですが、理解してもらえた。よかった。

迫る東京オリンピックに向けて、貢献できた気分です。

何よりも、僕が受けてきた数々の恩のひとつを、返せました。

 

(神様、ありがとうやで……)

 

心の中で神にお礼を伝えたときです。

 

 

 

 

 

 

 

「グッジョーーーーーーブ!!!」

 

知らないおじさんが、まあまあのボリュームで僕に言うのです。

しかも、僕の肩をバンバンと叩きながら。

たぶん、50代くらいのおじさんだったんですけどね。

めちゃくちゃビックリしたんですよ。

 

いや、ずっと視界には入ってたんですよ。

カップルに乗り換えを説明している時から。

視界の端っこに、なんか立ってる人いるなぁ、こっち見てる人いるなぁとは、思ってたんですよ。

 

なんなん?

もう、苦手なんですよ。他人との距離感がバグっている人。

僕の中の「苦手な人」は「横柄な態度をとる人」「お金の扱いが雑な人」そして「他人との距離感がおかしい人」です。

コンビニとかで「Tポイントカード?ないよ」とかタメ語で言って、お金投げるように支払いする人とか最悪です。

 

松屋でカレー食べてるときに、店内めちゃくちゃ空いているのに僕の隣に座ってくる人とかも苦手なんですよね。もちろん、座っちゃいけないってこと無いんですけどね、そのあとずっとモヤモヤが残るんですよ。

(なんで…隣に?)って。

いつまでもモヤモヤが残るのが嫌で、聞きますもん。

「あの…すいません…いや、いいんですけど、こんだけ空いてる店内で、なんで隣に座りました?」って。

その時は聞いても ニコっとされただけで、モヤモヤ残ったままだったんですけどね。笑顔と食べるカレーおいしいから良しとしたんですよ。

 

おじさん、僕に「グッジョブ」とだけ伝えると去っていったんですけどね、もう、ずっとおじさんに叩かれた肩が違和感を持っているんですよ。

これっぽっちも痛くないんですけど、シャワーを浴びても取れない何かがベチャーーーーっとへばりついてるんですよ。おじさんの手の形をした、スライムのような何かが、少しずつ僕の身体に侵食してくるような恐怖があるんですよ。

 

そんで、何がくやしいって。

 

おじさんに「グッジョブ!」って肩をバンバンされたあとに

 

 

僕、おじさんに

 

 

 

 

 

「oh!Thank you!」

 

って答えたんですよ。思わず。

まあまあ大声で言ったんですよ。

 

しかも、めちゃくちゃいい発音ができちゃったんですよ。

発音記号「θǽŋk jù」の通りに発音できたんですよ。

「セェンキゥ」と言うよりは「タンキュゥ」寄りの、めちゃくちゃネイティブなやつ出たんですよ。

なんなら帰り道、とぼとぼ歩きながら(さっきの発音、もう一回できるかな…)って何回か(テンキュー……ちがうな……タァンキュ……タンキュゥ……)って小声で言いましたもん。

 

 

帰ってから調べたのですがパーソナルスペースには4つの分類があるそうです。(1966年、アメリカの学者さんが定義した分類です)

①密接距離 0~45cm

すぐに抱き合える距離。めちゃくちゃ親しい人のみが許される距離。家族や恋人とか。

攻撃できる距離だからこそ知らない人には踏み込んでほしくない距離。殴り合い直前のヤンキーのメンチの切り合いが行われる距離。

②個体距離 45~120cm

相手の表情がよく読み取れて、互いが手を伸ばせば届く距離。他人がこの距離にいると嫌悪感とまではいかないが警戒する距離。

③社会距離 120cm~350cm

攻撃されても避けれる距離。手は届かないけど会話はできる距離。他人でも警戒が解ける距離。商談するときの距離。

④公共距離 350cm以上

複数の相手が見渡せる距離。まさに他人との距離。

 

おじさんは、無防備な僕にいきなり密接距離で接してきました。この定義を見ると僕の抱いた嫌悪感はまちがっていなかったのかなと思います。

でも、めちゃくちゃ考えたのですが、誰も悪くない。考えれば考えれるほど、誰も悪くありません。こんなパーソナルスペースの話なんて一般論です。おじさんは、僕を称えた。称えるために、肩を叩いた。それは、僕の勝手な想像ですが、おじさんなりの称え方。そして僕は、それに応えた。おじさんも、僕も、悪くない。他人との距離感に正解なんてありません。

だって、肩を叩いてグッジョブと言われたのが長澤まさみだったら僕はだらしない顔で「センキュー!」ではなく「ラビュー!」と言っていたのかもしれません。そういえば、初対面であいさつ代わりにハグしてくる友人(帰国子女・美人)にはまったく嫌悪感を抱きませんでした。

もしかしたら「自分の好み」という判断基準で「こうするべき」という自分だけの正義を振りかざす方が、他人との距離感がバグっているのかもしれません。

 

誰も悪くないからこそ、この肩にへばりついたままの違和感を、僕は剥がせずにこの文章を書いています。

 

 

ありがとうございました

おしまい

 

【お知らせ】

本が出ました。発売から10日で重版も決定しました。ありがとうございました。